スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
無題
2008/05/08(Thu)
考えたのだが、タイトルのつけようがなかった。
入院した日に突然病院に姿を現した姑のその後の話。

夫に「Ybirdの体に障るから来ないで欲しい」と言われたにもかかわらず、手術の後またやって来た。
その時は夫も私の母も伯父もいたので、見舞いを置いてすぐに帰った。

姑は私の実家にも真夜中無礼な電話を掛けたりしているので、母とも絶縁状態だ。
引越しの時にも手伝いに来ていた母にさんざん嫌味を言ったのに、病院で顔を合わせた時は何も無かったように話しかけてきて、後から母は「何を考えているのか」と気持ち悪がっていた。


……何も考えていないのだ、きっと。

半同居を解消してからの7年間、私は姑の為に壊れかけていた長女との関係を必死で修復した。
もがいて、苦しんで、くじけかけてまた立ち上がり、穏やかに笑い合えるようになるまで娘と2人どれほど涙を流したかわからない。

そうなった原因の全てが姑にあるとは言わない。
私も娘を守れなかった、「子供の為にならないからやめてください」と毅然と言えない、弱い親だった。
だが、問題の大部分は姑に起因していた事も事実なのだ。

だから、私と娘が苦しんでいる間、舅と姑にはせめて「自分達にも出て行かれる何かがあったのではないか」と考えて欲しかった。
謝って欲しい訳ではない。
ただ、自分を省みてほしかったのだ。

だが、病室に来た時の様子を見て、それは私が甘かったのだと思い知った。
「常識」の通じない相手に期待するほど馬鹿な事は無い。
「自分は何も悪いと思っていない」のだから、反省などする訳が無いのだ。


絶縁していた7年の間、私もこれでいいと思っていた訳ではない。
大切な夫、そしてその夫を産んでくれた親。
たとえどんな人間でも、夫の親なのだ。
昔の事は決して忘れる事はできないが、その上で時間が経てばお互い新しい関係が築けるかもしれない。
一度はそんな事を考えもした。


だが、その考えも一時棚上げだ。

『人は変われる』
その言葉が正しく作用するのは、自省し、自覚して「変わりたい」と願う者だけ。
自分の発した言葉の意味すら理解できない人間は、永久に貧しい心を抱えたまま在るしかないのだろう。

当たり前の顔をしてこちらにばかり譲歩と忍耐を強いてくる相手とは付き合えない。
今回改めてそう思った。


(追記)
もらった見舞いは、退院の内祝を送って、そのレシートと残金をいつでも出せる場所に置いてある。
姑は一度くれた物でも、何か気に入らない事があると「返して」と取り戻しに来る人なので油断が出来ないので。
この記事のURL | こころの言葉 | ▲ top
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。