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子宮を失うという事
2008/05/08(Thu)
「子宮を全摘する」事は、入院した日の手術に関する説明で初めて知らされた。
それまでに子宮体がんについてはネットで色々と調べていて、「取る」事は必要な事だと納得していたので、比較的冷静に受け止める事が出来た。

いかなる時も事実をありのままに受け止める。
悩んでも仕方の無い事は悩まない。

これが私の考え方の根本。

だが。

私の心だって、何物にも揺るがない訳ではない。
「悩み」はしなかったが、「子宮がなくなったらどうなるんだろう」と幾度も考えた。
身体的な影響は調べればある程度知る事が出来る。
でも、メンタルな面での影響は?

子宮を無くしたら、私は私でなくなってしまうのだろうか。
「女」では、なくなってしまうのか。

考えても考えても結論は出なかった。
その答えは、手術が終わった後にしか無い。

そして手術の後。

私はやっぱり「私」のままだったし、「女」である事にも変わりが無かった。

術後一人でトイレに行けるようになった時、普通に♀の方に入った自分。
別に難しく考える事はない、答えはいたってシンプルだと気付いた。

性染色体の性。
外性器の性。
社会的な性(ジェンダー)
法律上の性。
性自認。
性的指向。

「内性器の性」に関しては外れてしまったが、他の六つでは私は「女性」だ。
それならば「圧倒的多数」で「女」と言う事で良いのではないか。
馬鹿馬鹿しいが、勝手にそんな結論付けをした。

子宮と卵巣は失ったが、外見上は何も変わらない。
卵巣が亡くなってホルモンの供給が止まったからと言って、男っぽくなったという事も無い。
子供はもう2度と産めなくなったが、その分家族をとても大切に感じるようになった。


精神的空疎感は…今長女が反抗期のまっ最中で毎日がバトルなので、空しいとか虚ろだとか感じている暇が無い。(苦笑)
娘ときちんと向き合う事、逃げない事。
失った物を嘆くよりも、私にとっては大切な事だ。

対人面では、中には「子宮を取っちゃたら生理が無くなって楽でしょう」などと心ない事を言う人もいる。
そういう相手にはむきになっても無駄なので、適当に受け流すようにしている。

ただ一度だけ「もう子供も産まないし、あっても無くてもいいようなものだから、とっちゃって正解よね」と言われた時は「いいえ、必要なかった訳じゃありません。やむを得なくて切り取っただけです。」と全力で否定した。
「あっても無くてもいいような器官」なんて、ある筈が無い。
人間の体は、そんな単純なものじゃないのだ。

私の子宮、卵巣、リンパ。
働いて働いて、病気になって、切り取られる事で私の命を助け、務めを果たした。
軽率な言葉で語って欲しくはなかった。

私にとって「子宮を失う事」は、「生きて笑える未来へのバトン」だったと思っている。
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