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仲間がいれば大丈夫
2008/05/04(Sun)
2007年8月18日

私がいた病室はガン患者のみの部屋で、手術をしたのは私一人。
後は抗がん剤治療の患者さんで、比較的短い間隔で入れ替わっていた。

色々な人がいた。
色々な事を考えさせられた。

Hさん。
抗がん剤治療の副作用で、歩けず寝たきり状態だった。
御主人がまめな人で、いつも病院に来て身の周りの世話をしていた。
定年退職して家にいるので、Hさんの事は全てご主人がしてくれるのだそうだ。
「歩けなくても、生きていられたらそれだけで楽しい。」といつも言っていた。

Oさん。
私と同じ子宮体ガンで、ステージは1期C。
手術の後そのまま抗がん剤治療を受けていたが、いつも「何故私がこんな病気に」と嘆いていた。
真夜中に泣いていたのも知っている。

手術の後絶対安静にしていなければならないと思っていたので、一週間寝たきりでいたら歩けなくなっていたそうだ。
「どうしてYbirdさんはそんなに動き回れるの?」と聞かれたので、「今まで何回もお腹にメスを入れてるので、手術慣れしているのかも」と答えたら苦笑していた。

「食べられない、眠れない」でK医師に「まず病気を受け入れなきゃ駄目です」と言われていたが、誰もがそんなに強くなれる訳ではないだろう。
私がすっかり回復する前に退院して行かれたので、もっと沢山話がしたかった。

Sさん。
どんな時もユーモアを忘れない、元気で明るい人だった。
抗がん剤治療も「今回の入院が折り返し地点なのよ。残りあと3回。今年中に終わってくれてありがたいわー。」
抗がん剤治療が1クール終わって、退院した時に食べるラーメンが何よりも楽しみだと言っていた。
「(家が田舎なので)もぎたてのとうもろこしを茹でたり、畑からトマトを採ってきたり…とにかく食べたい物を好きなだけ食べるの。そうやって体力をためて、抗がん剤治療でためた体力を使って…その繰り返し。」
そう言って笑っていたSさん。

治療の副作用で髪の毛が無かったが、退院の日には素敵なかつらを着けてお化粧もして、美人さんになって家に戻って行った。
もし自分が抗がん剤治療をするようになったら、物の受け止め方や考え方をお手本にしたいと思った人だった。

その他にも色々な人がいたが、同じ病気を持つ連帯感なのか、皆仲が良かった。
抗がん剤治療中で気持ちが悪くて食べられない人の為にネットで食べられそうな物を探したり、情報を交換したり、お互いに助け合って毎日を過ごしていた。

他の部屋には「放送局」と呼ばれて嫌がられているおばさんもいたりしたので(私も廊下で呼び止められて根掘り葉掘り聞かれた)、そういう困った人がいなかった分だけ、今回の入院はとても恵まれていたと思う。
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