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作戦開始。
2009/04/18(Sat)
減量を始めたのは平成20年の9月17日。

その日、実家の母に「近所に耳ツボのお店が出来たので話を聞きに行きたいんだけど、一人じゃ不安なので付いて行って」と頼まれて一緒に出掛けた。
母は心臓の持病があって、病院で痩せるよう指導されている事は聞いていたので、ダイエットをするのは母で私はあくまでも「付添い」のつもりだった。

そうしたら、座った途端母が開口一番
「これがお話していた娘です。よろしくお願いします。」

え、ええええええええ??!!!!!(゚д゚)

寝耳に水。
驚天動地。
頭の中まっ白。

呆然としながら母とサロンの人の話を聞いていると、手術の後激太りしてしまった私を母が心配し、耳ツボサロンに電話したところ「一度連れて来て下さい」という事になっていたらしい。

他人の前でもめるのも何かと思ったが、「ちょっとそれ話が違うじゃない」と小声で抗議すると「騙して連れてきたのは悪かったけど、このままじゃあなたは体を壊して死んでしまう。お金は私が用意するから、お願いだから痩せてちょうだい」と哀願されてしまった。
それでまぁ母の泣き落しに負ける形で話だけでも聞きましょう、という事になったのだが、




………一時間後には母は三カ月分の会費を支払っていた。_| ̄|○ il||li


「もう少し調べてからでも良かったんじゃない?健康食品とか、マルチかもよ?」と帰りの車の中で言ってみたが、母はそれでもいいと言い切った。
「増えすぎた体重は、誰かに管理してもらわないと一人では減らせない。それで健康になれるなら、お前が元気になるなら、安いものだ。」

そんな風にして母の親心に引きずられるようにして始まったダイエットだが、なりゆきとはいえ嫌々始めた訳でもなかった。

実を言えば、自分でも相当まずいとは感じていたのだ。
子宮がんについてネットで調べている内に、手術の後はホルモンの関係で太りやすくなるという話を目にした。
でも私はもともと肥満体だったし、どんなに太っても一定の体重にはならなかったので、軽く考えて体重計にも乗らなかったし、全く管理もしていなかった。
その内に履いていたジーンズがきつくなり、服もワンサイズ大きなものになったけど、それでも危機感を持っていなかった。

ショックな事があったのは、去年の夏休みの事だ。

白神山地・十二湖に家族旅行に行ったのだが、皆と同じスピードで歩くことができず、置いて行かれた。

みんな平気な顔をして歩いているのに、自分だけゆるい坂道で息を切らせ、だらだらと汗をかいている。心臓がばくばくする。足と腰が痛い。
でもそれよりも、全く歩けない自分が、……思うように動けない体が情けなくて涙が出た。

その少し後にMRIを受けたのだが、脂肪肝と言われていたし、血圧も高かったし、少し買い物で歩いただけで膝が痛くなって、これはもう限界ではないかと感じていた。
母に「このままだと死んでしまう」と言われたが、まさしくその状態に近付いていたと思う。

それでもずるずると減量を始める踏ん切りをつけずにいたら、母に背中をどつかれたという訳だ。
情けないことに連れて行かれたサロンで体重計にのるまで、自分が何kgかも把握していなかった。(自分の体の状態から、どれだけ増えているか怖かったせいもある)

一年ぶりに体重を量って、思わず 「ゲッ」 という言葉が口から出た。
驚きすぎて体重計から転げ落ちるかと思った。
正直に書こう。
私の体重は、手術の後から10kg近く増えて、あと少しで三ケタに届こうとしていた。

愕然。
茫然。
唖然。

ここで減量をしなければ本当にヤバいと心から思った。
でもここまで増えてしまったのだ、一気に減らすと健康状態に支障が出る。
とりあえず1年で30kgを目指すことにした。

目指すは、脱脂肪肝、脱高血圧、そして沢山歩いても痛まない膝。

とりあえず半年でなんとか15kg落とした。
ようやく折り返し地点。戦いはまだ続いている。(`・ω・´)
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耳つぼサロンのこと
2009/04/20(Mon)
私を思ってくれて、なけなしの貯金をはたいてくれた母の気持ちは本当にありがたかったが、やっぱりなんだか胡散臭い気がして帰宅してから買ってきた健康食品のメーカーを調べてみたら。

やっぱりマルチでした、本当にありがとうございました\(^o^)/オワタ

その後サロンに通うようになったのだが、「食品をもっと安く買える会員になりませんか」と勧誘されたり化粧品等を売りつけられたり、とにかく何か無理矢理押しつけられるような事があったらすぐに止めようと内心いつも身構えていた。(もちろん代金は母に返すつもりだった)

話す事もしばらくの間はものすごく警戒して言葉を選んでいたのだが、注意深く様子を見ているうち、だんだん先生の人柄がわかってきた。

売っているサプリについて「これは××が治ります」とか「××に効きます」と誇大宣伝するのはデフォルトだと思うのだが、そういった事は一切言わない。
先生は昔ご夫婦で太っていて、健康を害した為に二人で耳ツボを試し、それがとても良かったので広めたいとサロンを始めたのだそうで、体重が減れば自分の事のように喜んでくれて、停滞するとどうにか状態を変える方法はないか、原因は何か調べてくれて、とても親身になってくれた。
お金と時間のかからない骨盤矯正体操や、ローカロリーで栄養バランスの良い料理のレシピも習った。

もしかしたら私は運よく良い人に当たったのかも…と思いながら、そんなこんなですっかり馴染んでしまい、最初は三カ月の筈だったのだが自費で延長し、今もまだ通っている。

「マルチなのに、騙されて高いお金を払って…」と思われるかもしれない。

確かに食品の販売元はマルチだし、代金も安いとは言えないが、一人では出来ない減量を監視・アドバイスしてもらっている指導料だと思って割り切る事にしている。
自己流のダイエットはいつも長続きしなかったのが、毎週通う事で挫折せずに続いている。「一年を目安に」と書いたが、実は自分的に半年以上ダイエットが続いているのは新記録なのだ。
人の力を借りて痩せようと思ったら、ある程度お金がかかっても仕方がない。

私にとっては、真剣に減量について考えるよいきっかけだったと思う。
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減量ための5カ条
2009/04/20(Mon)
1.食事は何を食べてもいい。但し量は半分にすること。
2.水を1日に3リットル飲む。
3.毎回食べた物を記録する。
4.朝と夜の2回、体重を量る。
5.寝る3時間前は、食べない。


1.食事は何を食べてもいい。但し量は半分にすること。

初めてサロンに行った時、白い平皿を渡されて「おかずはワンディッシュにして、これにのる量にして下さい」と言われた。
「山盛りでなく、平らにして下さい」とも。

─半分じゃないじゃん。(´・ω・`)

その日の昼食から実行したのだが、三種類のおかずをちょっぴりずつ皿にのせたら、なんだかあまりにも量が少なくて、これからしばらくこれなのかと涙が出た。(TдT)

あと、「何を食べてもいい」だが、これは外食の時に半分にするという事で、「家では野菜中心に、バランスの良い食事を取ってください。きちんと栄養を取らないと、痩せません。」と言われた。
食事の量を半分にするのは、最初の内はなかなかしんどかったが、一か月ほどで慣れた。
何より最初の一カ月は目に見えて体重が減っていった為、頑張れたこともある。
その後1~3月は娘の受験ストレスで停滞期に入ったが、その頃には「腹八分目」に胃が慣れて、本当に半分の量しか食べられなくなっていた。

2.水を1日に3リットル飲む。

「そんなに沢山?」と思われるだろうが、朝・昼・夜の三回に分ければそれほど大変ではなかった。
トイレの回数は増えたが、お陰で今年は膀胱炎にならずに済んだ。

3.毎回食べた物を記録する。

カロリー計算ではなく、重さを量って記録するだけなので楽だった。
最初にもらった皿で「ワンディッシュ」にすると各々のおかずの量がわからないので、結局小さな皿に一品ずつのせて食べるようになった。

4.朝と夜の2回、体重を量る。

朝は体脂肪+体重、夜は体重。
不思議な事に、朝と夜の体重差が小さいと体重が落ちるなど、毎日記録していると法則がある事がわかってくる。
朝と夜の体重が同じだと、「痩せの波キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」と言って早寝したりしていた。

5.寝る3時間前は、食べない。

これは厳密に守った。
案外意思が固かったんだと、ちょっと自分を見直したりした。
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微妙な変化
2009/05/01(Fri)
作戦開始から半年経ち、変わってきた事。

・歩くのが楽になった

去年の旅行で置いて行かれた事がトラウマとなっていたのだが、先日の東京旅行では毎日10000から15000歩歩いても、全く膝が痛まなかった。
膝にかかる負荷は、歩いている時は体重の2~3倍、走っている時は4~5倍なのだそうだ。
…とすると、去年の自分は四六時中松本明子を背負って歩いていたということになる。
そりゃあ足も腰も痛くなろうというものだ。

歩いても痛まない膝がうれしくて、最近買い物も徒歩で行くようになった。
まだまだ体重は標準オーバーなのだが、もっと楽に動けるようになりたいので頑張っている。

蛇足だが↑の「松本明子」は、たまたま「45kg」で検索したら↓の本が出てきたので「具体的な例えとして入れてみた。」(爆)

私はこうして松本明子一人分痩せた。―約45kg私はこうして松本明子一人分痩せた。―約45kg
(2000/03)
三原 麻衣子

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・内臓脂肪が減った

これは耳ツボのサロンで、先日計ってもらった。
今のところCTの予定は無いのだが、脂肪肝が少し解消していたらいいなと思う。

・血圧が下がった

手術の後、血圧が高くてしばらく循環器に通っていた。
薬を飲むか飲まないかギリギリの所で、毎朝晩血圧を測って一か月に一度見せに行っていたのだが、最近は正常値に近づいてきたので期間を置いて様子を見ましょう、という事になった。
「脱・高血圧」は確実に近づいている。

・嗜好が変わった

減量を始めた時は夏だったので、一番キツいと思った事は「アルコールを飲めない」事だった。
量はそこそこだったがお酒は好きな方だったし、我慢しているのに横でグビグビ喉を鳴らして飲まれたりしたらたまらないので、減量を始めると決めた時に夫には「ビールは私が寝てから飲んで!!目の前では絶対飲まないで!!!」と厳命していた。

が。

何の加減でそうなったのかはわからないが、「なんでも半分」の食事の量に慣れた頃からアルコールについてはどうでも良くなった。
「飲みたい」とも思わないし、冷蔵庫の中にあっても別にどうとも感じない。
だから夫が目の前で飲んでも、全く平気。
これは本当に不思議だった。

それから、食べ物の好みも変わった。
胃が小さくなることでお腹に入る量が決まってしまって、少しの量しか食べられないなら栄養的にバランスの取れた食品を食べたいと考えるようになったからだと思うのだが、とにかく揚げ物類を食べる機会は大幅に減った。

料理もあっさりした和食系の物ばかり好むようになったのだが、これは減量の為と言うよりは年のせいかもしれない。(;´Д`)←自分で言っておいて鬱
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発奮材料投下。
2009/05/01(Fri)
ここ一カ月停滞期に入ってしまい、体重が動かずにいる事を夫に愚痴った翌日。
夫がこんな事を言い出した。

「九月までに10kg痩せたら、JRタワーホテルのコーナーデラックスツイン一泊ご招待。」

corner2.jpg

マジで?!!!( ゚д゚)

うわー、目の前におっきな人参さとと-にんじんぶら下がったわー…。栗毛馬

停滞してるけど食事はこれ以上減らせないし、週に三回アクアエアロに行ってるからその内体重も動くさ…と呑気に構えていたのだが、自分に気合を入れてもうひと頑張りしなくてはいけないようだ。

運動音痴で激しい運動は苦手なので、とりあえずウォーキングでも始めてみようかと思う。
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